医療機関・福祉施設の経営を総合的に支援するコンサルティング・グループ

創立50周年記念 お問い合わせ Twitter
  • 文字の大きさ
  • 標準

ブログ

人事労務研究室ブログ

vol.14「定期昇給って必ずしないといけないの?」

2021.03.10

皆さんこんにちは。川原経営の薄井です。

あっという間に3月です。

3月は花見シーズンでもありますね。毎年、公園でにぎわうグループを目にしますが、今年は我慢です。外出が多いお仕事をさせていただいているので、九州ではすこし早めに、東北・北海道では4月以降にも桜を楽しめるのが醍醐味ですが…それも今年は難しそうですね。

 

さて、本ブログでは今回も、目まぐるしく変わる経営環境の中で、お客様から寄せられる人事・労務に関するご質問をQ&A方式で解説いたします。

 

≪本日の相談≫

当法人では毎年4月に全正職員を対象に2%の定期昇給を実施していますが、年々人件費率が上がっています。医療福祉業界の定期昇給の相場を教えてください。また、そもそも定期昇給は法律上求められていることなのでしょうか?

 

≪回答≫

ご相談ありがとうございます。今回のテーマは定期昇給です。表1をご覧ください。

 

    表1:令和2年 企業規模・産業、賃金の改定の実施状況・実施時期別企業割合

出典:厚生労働省ホームページ 「令和2年賃金引上げ等の実態に関する調査の概況」 を加工して作成

 

厚生労働省の調査(※)によると、令和2年に定期昇給を実施している企業の割合は81.5%です。令和元年の調査では90.2%であり、コロナ禍において定期昇給を実施する企業が減ったものの、依然として多くの企業が実施していることがわかります。産業別にみると、医療・福祉は、83.7%。令和元年の86.5%を下回ったものの、多くの法人・施設が定期昇給を実施しています。(※令和2年賃金引上げ等の実態に関する調査の概況)

全産業平均と医療・福祉の実施割合を比較すると令和元年は、全産業平均の方が高く、令和2年は医療福祉の方が高くなっています。景気に左右されにくい業界という特色が出ていることも考えられますが、今回の新型コロナウィルス感染拡大に限って言えば、医療・福祉業界の経営も厳しい状況にあるといえるでしょう。この様な背景を踏まえると、景気に左右されにくいだけではなく、景気や業績を踏まえた経営判断に慣れていない業界という捉え方もできるかもしれません。 “この業界は特別だから”、“行政に守られているから大丈夫”と甘い認識を持つのではなく、時には一般企業の様な経営判断が求められます。

 

さて、本題に戻ります。

次は、賃金改定を実施している企業における、1人当たりの平均賃金の改定額についてです。賃金改定とは、賃金を引き上げる(いわゆる定期昇給)場合だけではなく、引き下げる場合も含めた平均額という点にご注意ください。表2をご覧ください。

 

  表2:企業規模・産業別1人平均賃金の改定額及び改定率

 出典:厚生労働省ホームページ 「令和2年賃金引上げ等の実態に関する調査の概況」

 

令和2年の1か月あたりの改定額の全産業平均は4,940円(改定率1.7%)と前年の5,592円(同2.0%)をやや下回っています。引き上げた場合だけで見ると、5,423円(同1.9%)、前年は5,851円(同2.1%)です。定期昇給を実施した企業の割合は低くなっているものの、実施した企業の改定額はほぼ横ばいということがわかります。医療・福祉では、3,198円(同1.5%)、3,798円(同1.8%)と全産業と比較すると金額・率それぞれ低い結果となりました。よって、この業界における2%の定期昇給は、業界平均と比較してもやや高いといえるでしょう。当社で賃金制度を設計する際も、定期昇給率の平均1.5%を目安にしています。

 

先ほどご紹介した調査結果でもお分かりの通り、定期昇給は法律上求められているものではないため、全ての企業が実施しているわけではありません。日本企業の雇用制度の特徴である年功序列の賃金制度の名残がこの定期昇給の実施率に繋がっています。

 

しかしながら、「では今年の4月の定期昇給は無しによう!」と簡単にはできないのが法律の難しいところです。定期昇給は法律上求められている制度ではないものの、法人によっては給与規程で定期昇給を毎年実施することを明記しているケースも少なくありません。表現は様々ですが、例として以下が挙げられます。

~毎年4月に定期昇給を
① 実施する
② 業績に応じて実施する場合がある
③ ②+業績が著しく悪化した場合や勤務成績が悪い場合は、減給する場合がある

特に注意しなければならないのは①の様に実施することを言いきってしまっているケースです。

 

定期昇給というのは、特定の状況下(業績や勤務成績が一定水準以上など)において特定の結果(=定期昇給など)を期待する権利(=期待権)です。本来であれば将来における期待権とされる定期昇給が、①の様にあたかも毎年実施することを保障した表現になっていると、期待権ではなく既得権(既に得ている権利)であると考えられます。

  ≪参考≫既得権と期待権の違い

                                       (筆者作成)

 

①の様に、実施することを保障した規定としつつ定期昇給をしない、規定そのものを②や③の様な表現に変更することは不利益変更に該当します。不利益変更は、変更内容そのものが合理的であり、その内容を職員へ周知することが求められます。

変更内容の合理性は、不利益の程度や法人にとっての必要性、同業他法人の対応状況などを鑑みて総合的に判断されます。合理性が欠けている場合は、民事訴訟などで返還請求を求められることもあるので慎重に対応しましょう。

 

いきなり定期昇給制度を廃止にするのではなく、例えば定期昇給の実施可否を年度末の業績を踏まえて判断する、一定の勤務成績(人事考課や出勤率など)を満たした職員のみを対象とするなどであれば、合理的な理由に該当する可能性が高いです。

 

定期昇給制度は、地域ごとの必要生計費や職種毎の賃金水準、法人・施設の人件費率などを踏まえて総合的に判断する必要があります。昇給させることは簡単でも、その昇給制度を廃止する、減給するためには多くの手続きや時間が必要です。

 

賃金制度を変更する場合は、法人・施設における定期昇給の目的を踏まえて労使双方が納得した形で実施することが求められます。

◆ 薄井 和人 プロフィール ◆
人事コンサルティング部 課長。2014年入社。主な業務内容は病院・診療所・社会福祉法人の人事制度構築支援、病院機能評価コンサルティング、就業規則改訂支援、人事担当者のOJT業務など。各地の病院団体・社会福祉協議会から講演依頼がある。講演内容は人事・労務、労働関連法令の改正情報、服務規程(パワハラ・セクハラ)など。
© Kawahara Business Management Group.